2013年12月19日
名古屋中村区、大通り「大門」の交差点を北に一本入った裏通り。「味処 もちづき」と書かれた暖簾がひっそりと掛かっている。大門は歴史を辿れば遊郭の街。今でもその面影が感じられる。
「味処 もちづき」
名古屋市中村区名楽町1-35
Tel 052-482-7421
味処「もちづき」のご主人、望月孝浩さんは南山男子部S34。中村で老舗の料理店「鴨金」のご次男としてお生まれになりました。「鴨金」は、やはり男子部出身のお兄様(章博さんS32)が跡を継いでおられ、望月さんはお兄様とは別に、お父様から「味処 もちづき」を引き継がれ、今に至っています。
暖簾をくぐり、板戸を開けると左手に天然木の一枚板のカウンター、10数席の椅子が並び、カウンターの中には恰幅のよい料理人、すぐにご主人と判りました。「もちづき」は他に若い板前さん、そして望月さんの奥様である割烹着姿の女性の3人で切り盛りされております。カウンター席の他には座敷が一つの、実にこじんまりとした、落ち着いた佇まいのお店です。
「味処 もちづき」望月孝浩さん(S34)
味処「もちづき」は中村でも評判のお店、ネット検索でもかなりの評価を得ており、今回の取材は、まことに楽しみな取材と期待が高まります。お伺いしたのは夕刻6時、もうお二人のお客様が美味しそうな料理とお酒で席に座っておられました。
本日はご主人のお任せ料理ということで、まずは生ビールを注文。共に出された口取りは、小鉢に盛られ、柚子味噌が掛かった筍、蕪の炊いたもので、色鮮やかな菜の花の茎が添えられている。
味はしっかりと出汁が取られ、爽やかな一品。
続いて椀物。
塗りの椀蓋は、細かな水滴に金の絵柄がキラキラと輝いている。
伺えば、「来客の前に、玄関に打ち水をするのと同じですね」と、これもご主人の器に対する拘りで、確かに蓋を開ける前に「なるほど」と頷ける趣向である。
お椀の中身は山葵が添えられたホタテの真薯に汲み出し湯葉。お味噌仕立てかと思ったら、湯葉の豆乳が汁に溶け込んだもの。ホタテの香りと豆乳のマッチングがまことに絶妙。
お椀が済むとお刺身の盛り合わせ。茶色い泡状のものが小さな醤油皿に添えられている。ちょっと舐めてみると、醤油の味! これは醤油を卵白、ゼラチンで泡立てたものだとか。
左端の小皿の中が「泡醤油」
これは初めてのもので、伺ってみると、「京都ではこういうお醤油を使ったりします」とのこと。舞妓さん、芸子さんなどの着物に醤油が飛び散らないための工夫だとか。納得です。
お刺身は、トロ、ヒラメ、イカ、ウニ、そして厚切りのフグ刺に鉄皮、勿論これはポン酢仕立て。お刺身は新鮮そのもの、ウニは濃厚な甘み、厚切りのふぐ刺は薄切りで慣れた口に歯応えがあり、まことに美味である。
お次はどうやらお肉らしい。カウンターの中の様子は手に取るように判る。サシがしっかりと入った牛肉、長崎牛とか。ミディアムレアに焼かれたお肉に、青唐辛子を刻んで入れた甘辛い味噌をちょっと付けて食する。お箸で切れるような柔らかい肉ではなく、しっかりと歯応えタップリの食感、噛むほどに肉汁が口の中に。
お肉が終わると、小さな黄色い手毬状の一品。
じゃがいもの細切りを鞠状にした、いわゆる箸休めといったところか。じゃがいものシャキシャキ感と、飛び子のツブツブ感が、お肉の後の口にはまことに爽やかだ。
続いては、八寸。九谷であろうか、色鮮やかな器に盛られている。
生麩の醤油焼き、イカの塩辛、煮ダコ、干し柿のクリームチーズ和え、オニオンのピュレが掛かったプチトマト、数の子、チーズを挟んだ燻りがっこ、彩に配慮した赤コンニャク。そして真ん中には、一片の緑鮮やかなサヤエンドウ。「美味しさ満点のオーケストラ」とでも言おうか。
さらにお皿は続き、炙ったカラスミが散りばめられ、銀杏が添えられた擂り蓮根の蒸し物にフグの唐揚げ。いやはや、この店の食材とご主人の拘りの引き出しの多いこと、驚くばかりである。
締めは青海苔の雑炊。
小さな鞠状のお握りが青海苔の中に浮いている。海の香りが口いっぱいに拡がり満腹のお腹にも優しい一品だ。
デザートはキャラメルのシャーベットにムース。
季節感たっぷりの、料理の一品、一品がまことに丁寧な仕上がり。独特の「ひらめき」も感じられる。また食材も、それぞれきちんとラップに包まれて冷蔵庫などから出して来られる。開店前のしっかりとした下準備が伺える。
ご主人は目の前にいるのだが、お客様で立て込み、なかなかゆっくりとお話が出来ない。出来るのは食材や料理の話くらいで、手際よく料理を作る姿と、出来上がる品を眺めているだけで、とても学校時代の話など出来る雰囲気ではなく、デザートが終わった頃にようやくお話を聞くことが出来ました。
奥様の喜代美さん
南山時代の思い出・・望月さんがすぐに口にされた先生の名前、それは音楽の都筑先生、国語の徳永先生、お二人の先生はすぐに渾名で(笑)、よく叱られたとか。久田先生も怖かったけど、本当にお世話になったとか。察するところ、なかなかヤンチャな南山時代を送られたとすぐにバレました。とはいえ、当時、女子部の学生が歩いてくると、畏れ多くて道を開けた、などと意外や・・?純情な面もあったようです。南山時代の友人、同窓生もよくお店を利用されるそうで、特に同期生とは本当に損得なく、また昔に戻れる素晴らしい仲間として大事にされておられます。
ご長男・脩平さんも南山に入られ、今中学2年生。「いやぁ南山に入れてよかったですよ」と。伺えば、そのご長男の入学式の折、南山教会での熊川神父様のお話に痛く感銘。熊川神父様が「おめでとう、入学が決まってから、君達はご両親にありがとうを言いましたか?君たちが南山生になって最初にすることは、君達をこれまでにしたご両親に『ありがとう』を言う事です」と新入生にお話をされたそうで、それを聞いた望月さん、「ああ、これが南山の教育なんだ」と、他の保護者同様ウルウル来てしまったとか。とはいえ、息子さんからは、「ありがとうとはまだ言ってもらってはいないんですが(笑)・・」。やはり、ご自分同様、その息子さんも子供が出来、そんな場面が来るまで判らないのかも知れませんね。でも南山に入学させて良かったと、つくづく感じておられるようです。
その息子さん、中学1年の時に、文化祭を抜け出して吉野家に牛丼を食べに行き、見つかって学校から呼び出しを受け叱られたそうで、家に帰って息子を叱ったそうです。「おい、見つかるな!」・・(笑)とは、望月さん、良い親父さんですね。そんなお話をされる望月さん、厨房にいる時の厳しい顔とは別の、子煩悩な、笑顔の可愛いお顔になっていました。
望月孝浩さんは、親譲りの料理人のDNAを受け継ぎ、若き頃より食べることが大好きだったそうで、大学卒業後に、岐阜の老舗料亭「たか田発祥」で修業され、料理の腕を磨かれました。食に対しての飽くなき進歩を目指すために、「ドディチ・マッヂョ」「イザーレ・シュー」などのイタリアンや、フレンチのシェフ仲間との交流、コラボのイベントなども積極的に展開されているそうです。息子さんと一緒に英語の勉強もし直し、英検3級に合格。最近も息子さんと共に、男子部時代の友人を訪ねてニューヨークに食べ歩きをしてこられたとか。色々な味を知り、さらに「食の引き出し」を増やす努力を怠らない望月さんの心意気を感じました。
味処「もちづきは、「食べて美味しい」ではなく、お客様が家に帰って「美味しかったなぁ」と余韻に残るようなお店作りを常に心掛けておられます。それが、きっと彼の喜び、彼の将来への大きな夢に繋がって行くのでしょう。最後に、「食べもので何がお好きですか?」と尋ねてみました。望月さん、しばし躊躇ったあとに「妻の作るカレーかなぁ・・」と。いやはや(笑)ご馳走様でした。
(文:堀江陽平 写真:塩野崎)