2008年8月14日
4月2日、その日は、普通通り出勤しようと家を出た。ところが以前から気になっていたことが、どうしても心にひっかかり、私は車を止め、職場に連絡をした。その足で日赤に向かい、検査を受けた。結果は予想通り、乳癌であることが判明した。
ショックであることに間違いはなく、目の前が真っ暗になったが、なぜだか、やっぱりそうかと確認できたことへの安堵感もあった。家に帰り家族に話した時の、両親の顔、親不孝だなと感じた。その後、私は心の動揺を収めるべく祈りの場を求めて、前の職場である聖マリア幼稚園へと向かった。聖堂に入るやいなや、涙が溢れ、いろいろな思いが込み上げてきた。なぜ、今なのか。職場を変わって3年目、さあこれからだと、新年度を迎えこの一年が勝負だと意気込んでいた矢先の出来事。
職務の重さに押しつぶされそうになりながらも、それでもと立ち向かっていこうと決意新たにしていたまさにその時に。神様は何を考え、この私にどうしろといっているのかと。混沌とした思いの中で、それでも神様はけっして私を見捨てられはしないだろうと確信のようなものがあり、この出来事の指し示す神様の意図はなんだろうと思い巡らした。私達の思いをはるかに超えて神様の思いはあり、神様のご計画を計り知る事はできないと感じ、すべてを御手にゆだねようと心に平安を得、祈りの終わりには、先ではなく今日検査を受けられ、とりあえず早期に発見できたことへの感謝へとなった。
やがて、入院・手術をし、手術直後の身動きのとれない辛さを味わった私は、これからは心入れ替え?感謝の日々を生きようと思ったのも束の間、私は自分自身の弱さ・醜さと向き合うこととなった。あれは術後間もない病室での出来事。身動きのとれない高齢者の方が、運ばれた朝食の介助を待てずに、頭から食事をかぶってしまった。そのけたたましい音に、思わずベッドから這い出し、その方のベッドの近くまで行った私は、そのカーテンの中で起こっているであろう悲惨な状況を想像できたにもかかわらず、そこで声をかけカーテンを開ける勇気をもてず、なんら行動に移すこともなく自分のベッドへと戻ってしまった。ほどなく、看護師さんがかけつけ処置をされたものの、どうにも私は自分が情けなくふがいなく涙があふれてとまらなかった。つい一昨日、術後の身動きの取れない辛さ・もどかしさを味わい、寝たきりってこんなに辛いんだと実感したばかりの自分なのに、その時の私は、その方の困難な状況に寄り添い、自分にできることをする勇気がもてなかった。
「善きサマリア人」のたとえ話(ルカによる福音書10章25〜37)
が頭に浮かんだ。私は「善き隣人」となれなかった自分の情けなさに悔恨の思いに苛まされた。
乳癌がわかり、辛さを味わい、周囲の方々の暖かい励ましや支えをいただき、全てを恵みへと変えて下さる神様に感謝して生きていこうと決心したものの、喉元過ぎれば、ついつい不平不満を口にしている自分がいる。自分という人間の小ささ、醜さ、愚かさ。そんな自分に人間の弱さを痛感する。それでも、神様はこんな私をも
こうして生かしていてくださるその意味をしっかり見つめ、これから先残された命をどう生きていくかが、この私に問われているのであろう。
織田 純代 G27 PROFILE
南山女子部卒業
柳城女子短期大学卒業後 受洗(聖公会)
付属 幼児研究所に2年間 勤務
聖マリア幼稚園〈カトリック無原罪の聖マリア〉に21年間 勤務
現在、豊山学園 天使幼稚園 園長
注:「善きサマリア人」のたとえ話(ルカによる福音書10章25〜37)
“心を尽くして、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である
主を愛せよ。・・・隣人とは、あわれみをほどこした人です。”(10章抜粋)