2024年7月15日
私には好奇心旺盛な中1の息子がいます。数日前に私のジュエリーボックスを持ってきては色々観察していました。その時に指輪を一つ取り出し、“ナンザン・コクサイ?って、これ母さんの学校の指輪なん?“というので、‘指輪!?’と振り向きました。数十年ぶりに見た銀の指輪は確かに高校卒業の時のものでした。指輪の表面には「Nanzan Kokusai」と彫られてあり、内側には「Hominis Dignitati 99.2.26」の刻印があります。「Hominis Dignitati」はラテン語で「人間の尊厳のために」という意味で、在学の時もよく見かけた言葉でもあります。 一瞬にして南山国際の時が蘇りました。初めてチャレンジしたことや友達、先生、スナップ写のように場面のイメージが浮かびます。南山国際中・高校が閉校して1年が経ちました。この指輪が卒業の時と現在を繋げているように思えました。こんな小さなものが数十年の時を凝縮しているように、質量があって形が見えるものは時間と共に変形していくけれど、見るものに訴える力を持っています。もちろんその力は見るものの内側から生まれるものです。反対に質量はなく、形も見えないもの、例えば現代では当たり前のネット上や仮想空間、データなどのような条件がそろえば永遠変形せず存在するものは、変わらない安心感はあるものの、見えないものはやはり直ぐ忘れてしまうものです。
アート作品を作っている私は、目に見えないものを見えるように(気づかせる装置として)可視化することをします。文学の作家も同じく、目に見えないストーリーを文章で可視化しています。哲学家が問いに対して論じるように、科学者が疑問に思うことから発見があるように、アート作品を作る作家も問いに対する解決への方法論を、絵もしくは物体など、モノを通して可視化しています。文字で表すことではないので、見る側によって様々な解釈や感覚の起爆装置となる「開かれた」意味の塊でもあります。よく現代アートは難しい、よくわからない、と言われます。それは、見る側が作品には答えがあると思う前提で作品を見ているからではないでしょうか。
私達はある風景を見て芸術的だと感銘を受けることがあります。しかし綺麗だと思う風景は、見える風景すべてではなく、なんでもない風景とは明確に区分されています。それはなぜでしょうか?アートが存在する理由がそこにあるかもしれません。人間は言語を使う前から、コミュニケーションや知識を伝える手段として絵を描いていたことが数万年前の「洞窟絵画」で示唆されています。言葉を使うようになってからは、賢くなった気はしますが、感覚は鈍くなっていくような気がします。コロナ禍があって、密を避けるようになったことは、リモート化やインターネットでの疎通手段を使うことへの公共化が劇的に速まりました。色んな材料やモノ使って作品を作る時思うのは、モノを手に取り使ってみることからわかる情報量は文字での情報や頭で想像した情報量とは全く違う次元のことだということです。予想外の感覚や自分の身体の反応など、気づくことは無限大です。材料の性質を理解しつつ、使うときの環境からの影響にも
対応しつつ、様々な要素が入り混じって、身体、道具、材料、環境と相互作用を見つめながら、もの作りを進めます。その過程で気づくものや学ぶことは多いのです。そのため普段見るモノが普通に見えない訳です。当たり前のことに疑問が生まれます。常に問いを抱えていて、思いもかけないところで明確になることも多々あります。そのような眼差しでモノを見ると自然と謙虚になります。
私は、1999年に南山国際高校を卒業して、美術を専攻し、大学に入学してから現在まで、アート活動を続けています。去年からは、岡山県文化連盟・岡山文化芸術アソシエイツのプログラム・コーディネーターという活動も始めました。主に、岡山県の「ヒト・コト・場所」を文化芸術の視点でリサーチし、忘れ去られそうなものや発見したものなどを掘り起こし紹介することをしています。ワークショップやレクチャーを通して、参加者が直に体験し、地元の人であっても、自分が知っているものをいかに知らなかったかを気づかせるような企画をします。岡山に住んで19年目になりますが、知れば知るほど文化芸術に関する歴史や人々の営みが色濃く感じられます。
岡山県の面積は、7,114.77平方キロ、人口は約188万人で、美術館数は全国6番目に多いところです。晴れの日が多く、マスカットなどのぶどうや、白桃など果物が美味しく、瀬戸内海からの海の幸も含めて自然豊かな場所です。去年の冬、瀬戸内市牛窓にある「前島」という場所に「The Reflective eye」というタイトルのパブリックアートを置かせていただきました。牛窓には瀬戸内市立美術館があって、展示を見によく行ったことがある地域ですが、本土から見る瀬戸内海はよく見ていたものの、「前島」に渡って本土を眺めた時に初めて、牛窓の歴史を感じる古い建物や堤防、地形などが一望でき感銘を受けました。このように眺める場所によって、その場所の歴史や風土を知った上での風景は心打たれるものとなります。これは当たり前に目の前にあって気づかない風景に対する見るものの眼差しに変化があるからこその覚醒だと思いました。そのような思いを元に、作品を吹抜け構造にして、中に人が座れるようにして、色々な角度から見る風景から発見が生まれることを想像しながら作りました。もし、牛窓に行かれることがあれば是非体験していただきたいと思います。
プロフィール
1980年韓国生まれ。岡山在住。2001年エコール・デ・ボザール交換学生(パリ、フランス)、2005年韓国ソウルの弘益大学大学院絵画科修了。
2018年倉敷芸術科学大学大学院芸術研究科博士課程修了。2019年から2023年同大学非常勤講師を経て、2023年岡山県文化連盟「おかやま文化芸術アソシエイツ」プログラム・コーディネーターに就任。
近年の主な展覧会に、2023年個展「吾輩の視力は0.0001である」(今治市大三島美術館/愛媛)、2022年個展「息する瞳-Breasphere-」(高梁市成羽美術館/岡山)、
2021年「付随性シカク」(岡山天満屋美術画廊/岡山)、2020年「I氏賞受賞作家展 -Spurその先にある風景-」(岡山県立美術館/岡山)など。
2024年開催展示
10/9-11/4 個展「イミというカサブタ」(KODA Gallery /岡山)
9/29-10/19 「鞆の浦 de ART 2024」(太田家住宅/広島)
9/10-10/20 「瀬戸内SPIRAL2」(瀬戸内市立美術館/岡山)
7/17-7/22 個展「収縮と弛緩の間」(岡山天満屋美術画廊)
Instagram : @HYOYUNKIM_ART
https://www.instagram.com/hyoyunkim_art?igsh=OGQ5ZDc2ODk2ZA%3D%3D&utm_source=qr