2024年11月17日
【能楽(註:能と狂言の総称)】は日本最古の演劇であり、UNESCOにより平成13年(2001)に 〈人類の口承及び無形遺産に関する傑作(通称:世界無形文化遺産)〉の第一号として宣言、平成20年(2008)には〈人類の無形文化遺産の代表的な一覧表〉に記載された、伝統・伝承芸能である。
自分自身は、物心ついた頃・・・というより、この世に生を受けて以来、(或いは胎教の頃からか!?)、西暦1500年代後半から携わってきたこの家の末裔として、地元名古屋を拠点に、東京・京都・大阪等での舞台活動に携わってきました。どの業界でも〝不景気〟や〝後継者〟が叫ばれていますが、幸いな事に、昨春、愚息が私自身の母校でもある国立東京藝術大学を卒業して名古屋に戻り、亡師父・先代野村又三郎の【十七回忌追善公演】の折に、無事独立披露を済ませ、専業家能楽師として新たな一歩を踏み出す事が出来ました。
実は、私の亡師父は大正生まれだった事もあり、兵役検査では乙種であったため、本来ならば兵役には取られない筈だったのですが、太平洋戦争末期には兵隊不足に陥り、乙種でも随分多くの若者が駆り出されたことから、彼らと同じように徴兵されたと聞き及んでいます。
日本軍が占領していたアリューシャン列島の一つをアメリカ軍が奪還を目指して始まった、俗に言う〈アッツ島の戦い〉では、5倍の兵力を相手に敢闘し、虚しく守備隊全滅・玉砕という憂き目にあった。そのアッツ島の隣にあったキスカ島に配属されていたお陰で命拾いをしたが、終戦を迎えて帰国する船が舞鶴港に向かって航行をしていたところ、本州が見えた時点で旧ソ連軍に拿捕され、そのままシベリアに連行されて俘虜(フリョ:亡父は常にこの名称を用いて、決して捕虜とは言いませんでした)となり、シベリア鉄道の線路敷設作業に従事させられたそうです。
囚われの身である以上、収容所の周辺には鉄条網が張り巡らされており、旧ソ連軍に24時間体制で監視されているのは勿論のこと、逆に俘虜側も就寝時間帯に収容所の前で交代で門番をしていたそうです。が、極寒の地での2時間の歩哨は想像を絶する苦痛であったところ、亡父は出征までに私の祖父(先々代野村又三郎)から徹底して稽古をつけられた狂言の科白や謡、或いは親子の最後の接点となった戦地への慰問袋に入っていた〝謡曲集(能の歌唱本)〟の謡を繰り返し復唱・自習する事で時間を過ごし、又は伍長に指導をする事で雑役免除や配給された嗜好品を食料に交換してもらったりして必死に食い繋いだようで、よく「文字通り、正に〝芸は身を助く〟だなぁ~」と感慨深そうに言っていました。
終戦から4年後の最終帰国で日本に戻ってきましたが、既に老師父はこの世に亡く、しかも先祖伝来の台本や面装束の大半は戦火で焼失しておりましたが、有力な支援者や門下生が協力して一部疎開させておいてくださったお陰で手許に残った家宝を頼りに、職種変えする事なく、終戦の時点で300年余、継承されてきた狂言の家を再興しました。昭和の激動期から平成の大転換期と怒涛の86年間を歩んできた遺志を嗣ぎ、亡師父が鬼籍に入ってから3年後の〝不惑の年〟と言われる満40歳の2011年に【十四世野村又三郎襲名披露公演】を華々しく且つ盛大・盛況裡に開催する事が出来ました。
決して順風満帆というワケでもなく、マスコミに取り上げられている極一部の人以外は決して儲かる仕事でもないものの、時折「プレッシャーに感じる事はないのか?」とか「なんでこの道を選んだのか?」と質問される事があります。が、しかし、私は狂言が好きで好きで好きで、敷かれた線路の上を走る事、それ以前にその線路に乗せてもらった事に感謝こそすれ、負担や迷惑に思った事など一度も無く、寧ろ「よくぞ乗せてくれました!m(_ _)m」と感謝しております。斯道に身を置けている事にこの上ない幸せを感じていますし、自身の玄人としての舞台活動は勿論のこと、お素人(愛好家)の皆さんへの指導も楽しくて仕方がない毎日ですが、ものの考え方や捉え方などアナログからデジタルへと時代は進行しており、見方によっては時代と逆行した・・・ 敢えて冗談半分で言うならば「パワハラ上等! セクハラ上等!」とも取れる世界において、700年に及ぶ能楽、その内の400年に亘る芸と家系を不変・普遍に後世に紡ぎ・繋いでいく活動に、更なる努力と尽力に努めていきたいと思っています。
家、家に非ず、継ぐを以て家とす
人、人に非ず、知るを以て人とす
(家とは建物ではなく継承則ち家系のこと人とは生命体ではなく知能技能を得た者のこと)
この格言を有言実行すべく日々精進しておりますが、我々実演家が舞台で演技をしているだけでは、ただのパフォーマンスで終わってしまいます。
文化・文明は、興す人・受ける人・拓く人・極める人・継ぐ人があってこそ・・・ 決して人一人で成し遂げられるものではありませんので、アナログの良さも生かしつつデジタルの力も拝借し、新しい人との出逢い・繋がりとなり、未来への伝承・普及の一助となる事を期待し、当社・当家のホームページを全面リニューアル致しました!!
https://kyogen.net/
是非ともお一人でも多くの方々に閲覧いただき「同窓の中にこんな世界の奴も居るんだ~」「一度観に行ってみようかな?」と思っていただければと思っています。
ここでは、直近の主催公演のみ御案内させていただきます。
日時:令和6(2024)年11月23日(祝) 14~16時
会場:名古屋能楽堂(名古屋市中区三の丸1丁目1-1)
会名:第22回 狂言三の会
番組:狂言【萩大名】【長光】【釣針】
出演:十四世・野村又三郎 および 和泉流野村派一門
備考:[入場料]正面5,000円/脇正面4,000円/中正面3,000円/学生全席1,000円割引
[URL]https://kyogen.net/performance/468/
併せて、既に13年前の刊行になりますが、襲名の際に周囲からのお勧めもあり、たった35年ばかりの芸歴で偉そうな事は言えませんでしたが、名刺代わりに半生記のエッセイ集を綴らせてもらいました。
http://www.fubaisha.com/search.cgi?mode=close_up&isbn=1088-4
タイトルは【我、狂言たれ】・・・勘の良い方ですと「ん?」とお気付きになられるかも知れませんが、これはキリスト教の聖句であり、南山学園の敷地内にも掲げられている〝地の塩、世の光たれ〟を踏襲して付けましたので、こちらも是非とも併せてお目通しいただければ幸甚です。 (※当社HPにお申し込みいただいても結構です)
私自身の略歴は、これに重複してしまうと思いますので、今回は省略させていただきます。