2005年12月1日
私は、現在NHK日本語センターに所属しています。NHKのアナウンサーが長年培ってきたコミュニケーションのノウハウを社会還元しようという目的のセクションです。「きょうの料理」「地球ラジオ」など番組の仕事をしながら、
話しことばの講師をしています。受講生のみなさんからよく訊かれることがあります。「上手な話し方の極意は何ですか?」。
私は、迷わず「それは、きき上手を目指すことです」と答えます。人に「きく」こと、つまりインタビューは、放送の仕事になくてはならないものです。放送は、話すことによって情報を伝えること以前に、先ず情報を取材するという仕事から始まります。番組の中身がなければ番組は成立しないからです。
ふだんの会話でも同じです。相手の話に対して「きき上手」になると、相手の価値観や人生観、考え方が見えてきます。そうすると、相手にどう話しかければ気持ちよく答えてくれるかが、だんだん分かってくるものです。会話がことばのキャッチボールだとしたら、相手が捕りやすいボールを投げるのが一番。そうなったらしめたもの、あなたは間違いなく「話し上手」になっています。「きく」ことは、話し上手への特効薬といえます。
その「きく」ということばには三つの漢字がありますね。「聞く」「聴く」「訊く」。
「聞く」は、音を音として物理的に受けとめる受動的な意味です。それに対して「聴く」は、音楽を聴くというように能動的な意味があります。耳偏に十四の心と読めますね。これは、十四あるほどの広い心で相手の話をきこうという姿勢を表しているのだと考えてみてください。自分の一つだけの心、つまり自分の価値観だけできこうとすると、どうしても相手の話で理解できないようなこともある、でも、十四ほどの広い心で耳をすますと、そうか、そういう考え方もあるんだなあと、相手の気持が分かってきます。たとえ自分と考え方は違っていても、相手を理解しようとする気持が生まれてくるのです。ひたすら相手の話に耳を澄ます、耳偏に十四の心と書く「聴く」は、よりよいコミュニケーションを実現する強力なツールだと思います。
それに「訊く」を加えてください。言偏ですから、耳を使うのではなく、口でたずねる、口できくんですね。「聴く」で、相手の話に耳を傾ける。相手の話を積極的に「聴く」ことによって、相手の考えや気持ちが見えてきます。それでも、相手の考えていることが100%理解出来るわけではありません。相手の話でよく理解できなかったこと、さらに聴きたい事柄を訊ねるのです。耳で聴いて、口で訊く、その繰り返しで会話がはずみ、お互いの情報が交換されていきます。
私が番組で出演者にインタビューする時の基本もこの「聴いて訊く」です。放送時間には限りがありますから、あらかじめ耳偏の「聴く」で取材をしておくわけですね。そうすると、その人物の人生の転機などでその時どんな気持だったんだろうとか、どういう思いで決断をしたのだろう、という疑問や知りたいことが浮かんできます。聴きたいことを整理して、言偏の訊くでインタビューしていきます。
日本語の構造は一つの文章で見てみると、最後に結論がくる場合が多いですね。
「わたしは、そう思います」「わたしは、そう思いません」。最後まで聞かないと、正しく意味を把握できない場合があるのです。相手が話を言い切るまで待ちましょう。途中でさえぎると、なんだ、自分の話を聴きたくないんだな、理解しようとしてないんだな、と思われてしまいます。話の腰を折られた、と思われたら心をかよわす会話はそこで終りになってしまいます。
耳で「聴」いて口で「訊」く「きき上手」の姿勢は、話し上手になるだけでなく、人間関係をより豊かなものにしてくれることでしょう。