2020年7月31日
常盤会Webから「コロナ禍中の透析クリニックからの発信を」との電話を受けた。
締め切りに間に合わせるため、本腰を入れた7月9日、東京都の感染者数が224人と
なった。6月は何とか小康状態の数字で、このままならば予防を続けて頑張れそうな
気もしていたが、7月10日からは200人越えの増加の一途を辿り、昨日7月16日
の286人の発表には、一瞬、目眩がして、張り詰めて来た1月末からの緊張と不安で
漬れそうになった。こやまクリニックは透析専門施設であるから、万が一、誰か一人が
感染を持ち込めばとんでもない惨事になる。同室で約5時間に及ぶ透析治療を全員同時
に行うからだ。防ぐ手立ては、とにかく 「マスク」 「手洗い」 「消毒」 「各自の
自粛」 しかない中、何とか患者さん、職員でー丸となってやってきた。
1月16日、国内初の感染者が報告され、1月28日付けで厚生労働省が、新型コロ
ナウィルス感染症を指定感染症として定め政令を公布したことで、日本透析医学会、
日本透析医会、東京都医師会から具体的な情報や指示が頻繁にFAXで送られてくるように
なった。その前日の1月27日には、東京都医師会から厚生労働省の「情報提供・症例
報告」を指示してきた。その内容は、当初のPCR検査を受ける対象になる患者の条件と
同様のものであった。要するに ①発熱(37.5度以上) ②発症から2週間以内の
武漢市への渡航歴 ③感染者と濃厚接触の患者の報告要請であった。1月31日、
再度、医師会からこの3点の条件で感染の疑いを認めた場合、(平日昼間)管轄の保健
所へ(休日・夜間)東京都保険医療情報センターヘ連絡せよとの達しがあり、これがご
存じのように電話が繋がらない、保健所の判断でPCR検査が受けられない状態になって
いった。
しかし、肝心な透析患者の対応策がはっきりしない。透析患者は震災であろうと何で
あろうと週3回の血液濾過治療が必要であるから、次の点を明確に把握しておく必要が
あった。
① 感染したと疑われる場合の連絡先
② 受け入れてくれる感染指定病院は十分に用意されているのか
③ 感染者が出た場合のPCR検査 院内の消毒
④ 医師が感染した場合
この4点について2月29日、管轄の保健所に電話をしたが、返答までに5日間を
要し返答は電話でされた。知り得たのは国も都も市も全く当てにならないという事だっ
た。2003年、SARS-CoV(サーズ・重症急性呼吸器症候群)、2012年、MERS-CoV
(マーズ・中東呼吸器症候群)が猛威をふるったのだが、残念ながら日本は「対岸の
火事」として教訓を生かす事無くウィルス感染症の非常事態の準備が全くされていな
かったのだ。
3月4日の答にならない答に不安ばかりが募り、明け方4時になると恐怖で目が覚め
るという状態が2週間も続いた。透析患者は週3回の治療が必要で、4日間治療が受け
られなければ非常に危険な状態になる。コロナは感染指定症であるため感染指定病院に
入院しての治療となるが、どの感染指定病院でも多数の透析患者の受け入れは不可能な
はずだ。治療に必要なコンソール(人工透析機器)が果たして何台設置されているかも
公表されていない。日本の34万人の透析患者は、国が認定した身体障害者第一級で
あるのだから非常事態のために透析患者の感染指定病院を建造しておくべきだと思っ
た。「透析難民」を生じさせてはならないからだ。
3月4日から数日後、日本透析医会からの第3報がアップされていた。第3報は偶然
にも保健所からの返答を受けた3月4日付けだった。内容も返答同様で、「透析患者に
おいても軽症な感染症状の場合は、かかりつけ透析施設で加療を求める」との達しだっ
た。これについては、どこの透析施設も「不可能」が本音だ。実際、防護具の不足して
いる現状では集団院内感染は防げない。
4月7日、緊急事態宣言が発令された直後から、各地の透析施設の「臨時透析・旅行
透析受け入れの一時中止」のお知らせが目立ってきた。「臨時透析」とは出張等で長期
間、別の透析施設で透析治療を受ける事、「旅行透析」とは観光等で数回、別の透析
施設で透析治療を受ける事で、通常なら何の問題も無い。しかし今、受け入れは怖い。
医師達は「使命(治療を拒否してはならない)」と「義務(自分の患者・職員を感染
から守る)」に苦渋の選択をしている。そのため、透析患者の移動が困難を極めてい
る。特に感染拡大の「東京」からの受け入れは99%断られる。7月12日、当院の
2名も、PCR検査で陰性ならばの条件でやっと移動が可能になった。数か月後、帰宅の
折には再検査の上で戻って頂きたいというのが本音だ。今回2名は、自己負担(35,
000円)で検査ができた。そこでの検査はビジネス渡航者に限られているのを頼み
込んだ。地方では大病院でも検査キットが届いていないため検査はできない段階
らしい。
日本は個人情報保護が優先するため、透析患者・透析施設の感染例を入手するのは
困難だが、2例の詳しい情報が、3月1日北九州、4月8日福井県から提供された。
北九州は透析患者の感染例と治療場所、治療法、消毒法、PCR検査、透析施設として
直面する問題点3点が詳細に報告されていた。「透析難民」を出すわけには行かない
特殊性から「閉院」ができない点の対策が非常に参考になった。福井市は医師・院長の
感染例での対策情報で、医師不在の治療は違法のため福井市と福井県が非常勤医師を
派遣して「透析難民」を解決している。医師の派遣という即断にしても、院内消毒の
保健所の迅速な手ほどきにしても、東京では望めない的確な解決に自治体の差を大きく
感じた2例の情報であった。
防護具は、とにかく不足している。マスク、防護ガウン、防護服、手袋、フェイス
シールド、ゴーグル、消毒液、手指消毒剤、2月中旬から品不足が始まり、深夜にパソ
コンに張りついて探し回る毎日だ。感染指定病院には天井まで積み上げられているのを
知っているが、個人病院には医師会を通し3月18日、やっとマスク50枚入一箱が
配られた。医療用ではないマスクは何年備蓄していたものかカビ臭くて使用が憚られ
た。4月4日、2回目の配布も50枚入一箱であり、中国からの支援物資なのか中国語
の注意事項に「医療現場では使用不能」と書かれていた。2月中旬、備蓄のマスクの
残数が心配になり国産のマスク製造会社を探してみた。NHKのニュースで紹介されて
いた埼玉県の製造会社にも電話をしたら、医療機関に限り5枚のみの「制止菌マスク」
が4月中旬に届いた。名古屋の製造会社にも電話をしてみた。製造は無理とのお返事
ではあったが、後日、大量のマスクが届くというサプライズに、面識の無い東京の透析
クリニックにお送りくださったご好意を素直に有り難く受けさせて頂いた。どんなに
心強く安心できた事かをお伝えするしかできなかった。この会社に電話をしたのは、
私の記憶違いでなければ、代表取締役社長Y氏は南山常盤会の同窓生だったからだ。
一番困っている時に、大きな支援を頂いた思いがけない常盤会のご縁に深く感謝した。
7月17日、東京都の透析患者感染数は累積41名と発表された。
日本透析医会、日本透析医学会、日本腎臓学会が7日毎にアップする累計数から、
如何に全国の透析患者と透析医療従事者が頑張っているかが見えてくる。しかし、
7日間に2名の感染者数に止めるその努力は、イコール全ての透析現場の恐怖であって、
テレビ画面や新聞紙面から「コロナ」「パンデミック」の文字が1日でも早く消える
日が来ることを祈るばかりだ。
小山しげ子(G13)プロフィール
医療法人社団こやま会 常務理事
こやまクリニック 事務長