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2021年6月20日

vol.161 加藤 千麿(S08)「福沢諭吉翁のことば」(「文藝岡崎」より転載)

 私の故郷・岡崎市の『文藝岡崎』にて、福沢諭吉のことば「学者は奴雁たれ」と、万葉集の梅の歌とのつながりを推測しました。少し無理があったかと思いますが、ご意見をいただければと思います。
 (編集部注:以下「岡崎文学会2021・5『文藝岡崎』第39号」より転載)
 
 慶應義塾の創始者、福沢諭吉翁が数々の名言を説いている。
 その一つが「学者は国の奴雁(どがん)たれ」という言葉である。
「群れた雁が野に在て餌を啄む(ついばむ)とき、其内に必ず一羽は首を揚げて四方の様子を窺ひ、不意の難に番をする者あり、之を奴雁と云ふ。学者も亦斯の如し」-福沢諭吉『民間雑誌』明治七年-
 
 慶應義塾・前塾長の清家篤氏の解説は雁の群が一斉に餌をついばんでいるときに、一羽だけ首を高く上げて、例えばキツネが来やしないかといったように、難に備える雁がいる。これを「奴雁」というと。学者もまたそのような役割を社会で果たさなければならない。こういう人物が人間社会に必要だ。知性のある者、社会を先導するような人物と解する。こう解説された。
 
 私はこう解釈する。北海道・東北の越冬地に雁の群、幾千羽がシベリアから飛来し、
 餌をついばみ、体を休める時に、仲間が外敵 (鷲とか、イタチやキツネなど)に
 襲われぬよう首を高くして周囲を警戒する一羽の雁のことと解する。
 
 そこで、福沢諭吉がこの奴雁の生態をどこから感じたのかを推測してみた。
 
 今回の新元号が決定した時、「令和」の出典が万葉集であると発表された。中西進氏-元大阪女子大学長-がこの元号の発案者だといわれている。中西氏は万葉集研究の第一人者である。
 
 万葉集は七世紀から八世紀にかけて作られた我が国最古の歌集といわれている。収められた歌の数は四千五百首超となる。
「令和」はこの万葉集の梅の歌の序文の一節である。
「初春令月、気淑風和」から引用された。
 「天平二年正月十三日に、帥老の宅に萃まりて(あつまりて)、宴会を申ぶ(のぶ)。時に、初春の令月にして、気は淑く(よく)風和ぐ。梅は鏡面の粉を披き(ひらき)蘭は珮後(ばいご)の香を薫らす。
加以(しかのみにあらず)(注1)、曙の嶺に雲移り、松は羅(うすもく)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾く、夕の岫(みね)に霧を結び、鳥は穀(うすもの)に封じられて(とじられて)林に迷う。庭には新蝶舞ひ、空には故雁(こがん)(注2)帰る」

 福沢諭吉がこの万葉集の梅の歌の一節から奴雁の生態を観察し、一匹の指揮のもとに 雁が一斉に飛び立ち、無事に大空へ飛び立ったと感じたのではないかと私は推測した。

 次に有名な言葉に、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」。この語に続いて、「万人は万人皆同じ位にして、生れながら貴賤上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずして各々安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり」
 
福沢諭吉の著書『学問のすゝめ』の冒頭の一節である。差別に反対した平等主義を説く著書かと思われる。
 だが読み進むと「されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。その次第甚だ明らかなり。実語教に、人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なりとあり。されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとの由って出来るものなり」
 生れた時点では平等だった人間に貧富の差などの格差が生れるのは、すべて学問の有無によるものだと主張している。

 従って、冒頭の有名な「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と理解するのでなく、その直後に続く「と言えり」が大事な言葉となる。「言われている」、この語句が落とされて流布されている。おかしいのではないか。だから、「学問のすゝめ」なのだ。と福沢諭吉は説いた。

 福沢諭吉は江戸末期に豊前(大分県)の中津藩に生を受け、父も先祖も下級武士であった。諭吉はこの身分制度に反発した。大阪で緒方洪庵の適塾にて蘭学(オランダ語)を学び、江戸で英語を学び、江戸幕府の咸臨丸(勝海舟の誘いで)に乗せてもらい米国、欧州に渡り、その発展ぶりを学んだ。教育が最も大事だと判断し、慶應義塾を創立した人物である。
 
(注1) その時突然に
(注2) 中国東北部の北にいる雁
 
 
 
加藤千麿(かとう かずまろ)(S08)プロフィール
 
昭和13年 中国・大連生まれ
昭和38年 慶応義塾大学法学部卒業、東海銀行(現・三菱UFJ銀行) 入行
昭和43年 名古屋相互銀行(現・名古屋銀行)へ
平成元年に 頭取などを経て18年から会長に就任
平成23年 旭日中綬章を受ける
主な公職
平成7年~11年 第二地方銀行協会会長
平成11年~14年 中部経済同友会代表幹事
平成14年4月 同会特別幹事就任
平成14年~15年 名古屋ロータリークラブ会長歴任など

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